このゴールデンウイークを利用して、二泊三日で十年ぶりに沖縄に行って来ました。行きは朝7:00の便、帰りは羽田に午後10:40分着の便でかなり子供たちにとっては強行スケジュールだったのですが、おかげでかなりいろいろできました。海のきれいさ、食べ物のおいしさもさることながら、やはり”戦争”なくしては沖縄は語れないでしょう。
さんざん泳いだあとの三日目、戦争関係のスポットを何ヶ所かまわりました。やっぱり忘れてはいけない場所、それはひめゆりの塔です。従軍看護要員として戦地にかり出されたわずか14歳から18歳くらいの彼女たちの歴史には、Tシャツに短パン、ゾウリで入館してしまった自分がはずかしいくらい襟を正されるものでした。
家族と離れて、暗い洞窟の中や、汚い泥の上で撃たれてなくなっていく姿、姉妹で手榴弾自決をした話など、実名と全員の遺影を展示してあるため、より現実的で、出口では本当につらくて涙が出る思いでした。今の時代、何の目的もなく、食にも困らない、彼女たちに比べたら何でもないちっぽけなことですぐにいさかいになったり、ストレスを感じている毎日を送っている我々は一体なんなのでしょう。恥ずかしくて、本当に考えさせられました。
出口には感想を書くスペースがあります。8歳の長女と、6歳の次女に感想を書かせました。長女は、「本当にかわいそうなお話でした。戦争がない時に生まれてよかったです。お父さんが医者で、お母さんが看護婦さんなので、私も看護婦さんになってこの人たちみたいに人の役に立ちたいです。」次女は、「かわいそうでした。大きくなったら人の役に立てる事をしたいとおもいます。」
今の自分にがっかりし、感傷にひたっていた自分に唯一救いをくれた文でした。子供というのは本当に素直で純粋な心を持っていて、彼女たちには少し難しい資料館だったと思いますが、それなりに肌で感じてこういった文を書いてくれて、、、。
いつどこで子供の心は汚れていくのでしょう。今、犯罪を犯してしまっている子供の心も、本当は奥底はこんなに純粋できれいなものなのではないでしょうか。ひめゆりの彼女たちも、純粋であるが故にお国のためと洗脳され、家族の反対すらきかずに戦地に赴き、その尊い命を落としていったのでしょう。
いち社会人として、子供の教育について本当にしっかりしていかなくてはと思いました。虐待の問題など子供の生活環境は、かつてなかった様な問題がやま積みです。国や自治体もやるべき事があるでしょうが、やはり我々大人一人一人が隣の子供をしかってやったり面倒見てやったりしていた昔を手本にして、他人に社会に我関せずではいけないと思います。
医者としてできること、一社会人としてできること、そして親としてできること、、、みなさんも一度見つめ直しませんか?